世界中で食べられている野菜の定番中の定番のじゃがいも。一体どこで生まれて世界中に広まっていったのでしょうか。世界中で食べられているということは、飽きのこないおいしい野菜だからでしょうね。
南米のアンデス高原がじゃがいもの故郷だと言われています。アンデス高原にはいくつかの文明が存在していてやがてインカ文明へと発展しました。この文明を支えてきたのが「じゃがいも」と「とうもろこし」だと言われています。3000m以上もあるアンデス山系の高知には、野生のじゃがいもが現在でも存在しています。1492年のコロンブスの新大陸発見後、インカ帝国に終わりをもたらしたスペイン人がヨーロッパへとじゃがいもを持ち帰りました。観賞用とされていて、フランス宮殿で栽培されていました。当初は花を見るためのものだったのですね。オランダへの海外進出を機に、食べ物として世界中に広まっていきました。18世紀に入り、じゃがいもは主要な作物として認められ、生産が盛んになっていきます。じゃがいもを食用として広めたのはフリードリッヒ大王というドイツの人物です。大王自らが民衆の前で食べて見せ、栽培と食用にすることを強く勧めました。
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400年以上前にじゃがいもは日本に入ってきました。ジャカルタを活動の足場としていたオランダ人が、長崎の出島に持ち込んだのが始まりとされています。名前の由来にジャカルタが関係しているのもうなずけますね。以降、じゃがいもは寒冷地に広がり、さつまいもは暖地に広まっていきます。日本に入ってきた当初のじゃがいもの味はとても淡泊で、日本人の嗜好に合わなかったために普及はしませんでした。
100年の時を経て、長崎に上陸したじゃがいもは再び北海道へと上陸します。北海道では、現在の瀬棚町で1706年に栽培されていたとする記録があります。明治時代には北海道の開拓が本格的に始まり、新品種などの導入も始まって生産性も向上していきます。最も早く導入されたのが「男爵薯」で、函館の川田龍吉男爵という人物がイギリスから北海道へじゃがいもをもたらしました。これが日本での男爵薯の始まりです。その後も色々な品種が導入され、北海道はじゃがいも生産量が日本で一番になったのです。
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じゃがいもが全国に広がりを見せ、主要な野菜だと認識され、米不足のときなどは大活躍をしました。学校給食が始まる以前、小学校などではお弁当を持参しなければなりませんでした。しかし、家族が多く、貧しい家も少なくありませんでしたので、現在のような色とりどりのおかずが入った弁当などあり得ないものでした。新聞紙にサツマイモ1本やじゃがいもを1〜2個だけ包んで弁当として持って行ったそうです。それすら持参できない生徒もいたらしく、現代はどれほど豊かになったのかと思います。それを思うと、全国に広まりを見せたじゃがいもといえ、貴重な物だったことでしょう。
現在では様々な品種のじゃがいもがあります。味もきっと日本に入ってきた当初から比べると、とてもおいしいものになっているのでしょう。よりよい品種へと改良がなされていますが、やはり主力は男爵薯とメークインのようですね。芽が出にくい保存法などは先人の知恵が受け継がれてきたものです。こうして様々なじゃがいも料理を食べることができるのも、私たちが生まれるずっと前からの人々が栽培に力を入れ、よいものを作ってくれたからなのですね。
毎年親戚からメークインが大きな袋でドッサリと届きます。贅沢な悩みですが、ありすぎて困ってしまいます。ありとあらゆるじゃがいも料理を作っても、それでも全く減らないのです。最後にはこれでもかというほどのフライドポテトに変身しますが、使いたいときに限ってこの大量にあるはずだったじゃがいもがないのです。やむおえずスーパーに買いに行くのですが、貰い癖がついてしまっているため、もったいなくて買えません。贅沢な悩みですね。
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